本当にあなたは可哀想な人?ダメな人?

カウンセリングで お話を伺っていくうちに出てくるのが この言葉





「相手を責められるから」 





この言葉 普通に生活していたら意識していないですが
カウンセリングで深く掘っていくうちに出てくる言葉です


「相手を責めてしまう」のではなく 「相手を責めたい」んですよね~




なぜ責めたいのか?




それは 自分の正当性を証明したいから





自分の正当性を証明するには 

相手が悪者でいてくれないと責められないから なんです







こういう方に共通しているのは
 
否定的な親に育てられていたり
怒られても褒められることはなかった環境に育っていた結果





「可哀想な自分」とか 「ダメな自分」という思いこみが出来上っている事





それも 相手が自分を可哀想な目にあわせているとか 
相手のせいにしているところですね




例えば 本当に浮相手は気していなかったとしても 
怪しい行動をする彼が悪いとか




相手がマメに連絡してくれないから疑うとか 束縛するとか

相手のせいにすれば 自分を正当化できますから 
可愛そうな自分や ダメな自分を肯定できる訳ですよね






なぜ 可哀想な自分を 相手を責めることで肯定したいのか? というと


相手が悪者なら自分は正しいという証明になり


相手が悪者 = 加害者 
自分が正しい = 被害者
被害者=可哀想な自分





この 可愛そうな自分でいる方が ダメな自分でいる方が 
何かしらのメリットがあるから




そのメリットを得るために 可愛そうな自分 ダメな自分で居たいんですね







どんなメリットがあるのかというと 
これは 正確に言えば 今 というより 子供の頃にあったメリットなんですが




可哀想な自分で居れば 誰かが慰めてくれるとか優しくしてくれた
ダメな自分で居たら 誰かが代わりにやってくれて楽することができた




といった感じで 何らかのメリットがあったから
今もそのメリットを味わいたくて 可愛そうな自分 ダメな自分に追い込みたい
 
そのためには 相手が悪者で居てくれないと可哀想な自分に追い込めないですから
相手を責めて 悪者に仕立て 自分を可哀想とかダメな自分に追い込む訳ですよね






相手はともかくとしても


本当にあなたは 可哀想な人? ダメな人?なんでしょうか?




正しさを証明するには 
小さい頃は 自分を可哀想とかダメな人にしないと証明できなかったかもしれませんが




本当に証明したかったこと というか
本当に分かってほしかったことは 自分の正しさではなく




自分のことを認めてほしかった 


ではなでしょうか?




可哀想とかダメな自分と思われたいのではなく


そのままの自分を認めてほしかった 受け入れてほしかったのではないでしょうか?





そのままの自分でも大丈夫だよと OKだよと 

認めて受け入れてほしかったのでは?ないでしょうか?







そうであれば もう 可哀想なフリ ダメな自分のフリ
やめてもいいのでは?





小さい時は 可愛そうな自分でないと ダメな自分でないと
受け入れてもらえないと捉えたかもしれませんが





本当は 可哀想な自分じゃなくても ダメな自分じゃなくても
受け入れられていたのかもしれません




それに今でも 本当は そのままの自分で受け入れてくれている人もいるかもしれません^^




可哀想なフリ ダメな自分のフリをしなくても 受け入れられているかもしれませんよね^^



よーく 思い出してみてください





しっかり 今を見てください





なかなか 可哀想なフリ ダメな自分のフリを止められない方は

そのフリをするようになった原因を見つけて



そのフリをしなくても 本当は そのままの自分で愛されていたことを思い出すか



そのフリをしなくても愛される自分でいられるように満たすなどなど

方法はいろいろありますから



カウンセリングで どの方法で癒すのか?満たすのか?捉え方を変えるのか?



見ていきましょう^^


























スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

miyu625

Author:miyu625
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR